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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)801号 判決

上告人

株式会社オネステイ商事

右代表者

河海本

右訴訟代理人

鈴木滋

被上告人

森ミヨ

外二名

右三名訴訟代理人

瀧島克久

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木滋の上告理由について

民法九〇九条但書の趣旨は、相続開始後、遺産分割までの間に、共同相続人の共有持分について権利を取得すべき第三者を保護しようとすることにあるから、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて上告人が本件建物につき訴外森行弘の法定相続分に応じた共有持分権を取得しなかつたものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 大塚喜一郎 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人鈴木滋の上告理由

一、原判決は無権代理人が本人を相続した場合に適用すべき法理の解釈、適用を誤つた法令の違背がある。

無権代理人が本人を相続した場合の判例は、「本人が無権代理行為の追認またはその拒絶をしないで死亡し無権代理人が本人を相続するときは、本人が自ら法律行為をなしたのと同一の地位を有する。」とある(大審昭和二年三月二二日民二判・大正一五年(オ)第一〇七三号民集六巻一〇六頁)。

右の法理を本件の事実に適用すれば、無権代理人訴外森行弘が本人亡森郁蔵を相続したことにより訴外森行弘の相続分である九分の二の限度に於て亡郁蔵が上告人に対し本件建物を譲渡したのと同一の効果が発生したとの結論になる。亡郁蔵が本件建物の九分の二の持分を上告人に譲渡したのと同一の効果が生じしかも上告人に対しては所有権移転の登記がなされているのであるから、本件建物の九分の二については亡郁蔵の死亡により当然に亡郁蔵の遺産から除外されることになる。もはや亡郁蔵の共同相続人である訴外行弘や被上告人等が遺産分割の対象とすることはできなくなつていたと解すべきである。

しかるに原判決はその判決書七丁裏に於て「訴外行弘は亡郁蔵の共同相続人の一人であるが、訴外行弘は、遺産分割協議の結果、本件建物につき所有権を取得しないことになつたのであり、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼつてその効果を生ずるのであるから、無権代理人である訴外行弘が本人である亡郁蔵を相続したからといつて、訴外行弘が本件建物に法定相続分(九分の二)に応じた共同持分を取得することはないのである。」と判示する。

原判決の考え方は、「無権代理人が本人を相続しても無権代理人が遺産分割により当該無権代理行為の目的物件を取得するのでなければ無権代理行為は本人(被相続人)がしたのと同一の効果を生ずるものではない」というものと解される。しかしかかる迂遠な論理には必然性も合理性も見出し難い。かえつて無権代理人が自己のなした無権代理行為の相手方の利益を奪う反信的且つ恣意的な遺産分割を是認することとなる。

遺産分割協議の有無及びその内容の如何によつて、或は無権代理行為の相手方が権利を取得し、或はそれが否定されるとすれば、それは無権代理行為の相手方の立場を不当に損うものというべきである。原判決は、第一審判決後になされた被上告人及び訴外行弘等の遺産分割調停の結果に基き、第一審判決に於ては肯認された上告人の本件建物に対する九分の二の持分の取得をも否定している。

上告人はかかる原判決の判断に服することができない。

二、原判決には、その認定した事実に民法九〇九条但し書を適用しなかつた法令の違背がある。民法九〇九条は、「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼつてその効力を生ずる。但し、第三者の権利を害することができない」と規定する。

原判決は前引用のとおり被上告人及び訴外行弘らのなした遺産分割調停の結果の遡及効を無条件に認めて上告人を全面敗訴させているのであるが、上告人は少くとも無権代理人訴外行弘の相続分である九分の二の持分については本人亡郁蔵死亡による相続開始により本件建物の所有権を取得しているのであるから右遺産分割の遡及効も上告人の右権利を害さない限りで認められるべきである。よつてこの点に於て原判決には法令の違背がある。

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